個展や作品発表のとき、なぜ石田は大工道具の形や姿を描くのか、としばしば質問されます。私の画歴や制作歴のなかに鉋、鋸、玄翁など大工道具が数多くあります。
この質問に1965年開催した「道具展」の拙文を抜粋します。
「道具」の美しさは無類です。それも腕のたつ職人に使いこまれたど「道具」の見事さに、しばしば私はひきこまれるものを感じます。
―中略―
私はむしろ記録性の色濃い造形に固執してきました。美しいものを遺していく意味での作品があってもよいと思ったからです。
―中略―
考えてみればこの「木の匂い」を切りはなしては私の少年時代の記憶はありえないのです。私がいまもって鉋やのみのプロポーションの美しさを愛し、樫の台の手ずれの見事さに魅了されるも、あるいはこの記憶がひき出す感傷かもしれないと思うこともあります。
...以上が抜粋の文章ですが、現在でも大工道具に対する偽らない真情であります。

